日本酒発祥の地と言われる島根出雲の地酒・純米酒・古酒・秘蔵酒のヤマサン正宗は純米大吟醸、大吟醸酒、吟醸酒など日本酒蔵元・酒持田本店の銘柄酒。加藤杜氏と蔵人が手作りにこだわりヤマサン正宗の銘柄で親しまれています。
酒持田本店

株式会社 酒持田本店【ヤマサン正宗】蔵元紹介

このページでは、蔵の紹介をさせてもらいます。造り手の思いに耳を傾けてもらえれば幸いです。
*株式会社 酒持田本店
株式会社 酒持田本店

弊社は、縁結びの神様として有名な出雲大社がある町の隣町・平田市(現・合併により出雲市)で130年以上日本酒を造り続けています。
宍道湖と日本海に挟まれた自然が豊かな所です。

仕込み水は地元の湧き水。奥出雲の酒米を自家精米し、優秀な出雲杜氏の腕で旨い酒・ヤマサン正宗を造り上げています。

麹(こうじ)はすべて手作り。蔵人は約半年間泊まり込み、夜も醪を気にしながら過ごしています。
出雲の地の小さな蔵で造る、技と経験と感性の結晶に触れてみませんか?

 

【会社概要】

社名 株式会社酒持田本店
創業 明治10年(1877年)
所在地 〒691-0001 島根県出雲市平田町785番地
電話 0853-62-2023
代表取締役社長 持田祐輔
従業員 8名
取引銀行 山陰合同銀行、島根中央信用金庫
全国新酒鑑評会 金賞受賞歴 平成元、5、6、8、9、13年

 

【歴史】

*昭和30年代初頭 (初出荷)
昭和30年代初頭 (初出荷)

 明治10年(西暦1877年)、持田家の三代栄太郎が興した「持田栄太郎商店」が造り酒屋の始まり。「広く一般に嗜好される酒」を目標に、理論と実験に最も適合する方式を研究・応用。長男邦蔵(四代)を大蔵省直営の醸造研究所に学ばせ、新式速醸方式を導入しました。

醸造場に「出雲国酒造試験場」まで設け、広島税務監督局(現在の広島国税局)から技師、兵庫・灘から杜氏を招いての徹底ぶりは当時の同業者の大きな注目を集めたといいます。今でもその建物は検査場(けんさば)という名前で、杜氏の事務室、蔵人たちの居間、寝室として使われています。

 記録によれば、大正3年度の造石高は、1572石(283㌔㍑)の巨額に上り、納税年額3万3000円余りとあり、当時山陰地方ではトップクラスの醸造量だったことを示しております。

 昭和11年に株式会社に。しかし、戦争を挟み、統制や蔵人不足のため、醸造量は一時、170石(31㌔㍑)まで落ちました。

高さ25メートルの煙突(平成19年に取り壊し)

昭和26年、高さ25メートルもの赤レンガ製の煙突を建立。夜間はライトアップし、地元のシンボルとして親しまれておりましたが、老朽化により平成19年に取り壊しを行いました。

 登録商標の「ヤマサン」は、屋号の「三分(歩)市屋」(さん・ぶ・いち・や)からきたと言われています。
弊社の瓦にも刻印されています。

蔵元紹介

蔵元紹介

「新酒が出来た」の合図 竹

 毎年、年も押し詰まる頃、軒先に竹を立てています。一般的には杉玉を掲げますが、なぜか当蔵では、竹です。その年の新酒ができた日、杜氏は山から青竹を切ってきて、他の蔵人たちと共に瓦に立てかけます。厳しい寒さの中に立つ青々とした竹。当蔵ならではの風物詩の一つです。

相撲


平田自慢を甚句でとけば
桜名所の愛宕山
眼のお薬師様で知られたる
東に一畑菊人形
西に紅葉の鰐淵寺
一式飾りのあでやかさ
あまた自慢のあるなかに
ほかにないぞえ
ヤマサン正宗
味のよさ
一口飲んで舌づつみ
人情まろやか
花がさく

昭和53年秋、平田市で大相撲興行が行われた際の相撲甚句です。
当蔵では、酒蔵に因んで、「蔵間」関に泊まっていただきました。
写真はそのときにお願いして撮っていただいたものです。

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株式会社 酒持田本店へのアクセス方法、地図を掲載
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